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右田先生 米寿おめでとうございます。

収穫をむかえる稲穂が光輝く様、益々お元気で白寿までには、コロナ禍は過ぎ、3年3組が一同に揃いお祝いしたいものです。トップページに入らなかったお写真は、右田先生ページにアップしております。

九州熊本の球磨川河口に広がる八代平野

九州熊本の球磨川河口に広がる八代(やつしろ)平野、球磨川(くまがわ)によってもたらされた肥沃な平野は、農業に適しており、その恩恵に感謝する一方で、2020年7月、線状降雨帯が停滞した為、日頃どーどと流れる球磨川は、三大急流とされている名の通り、その表情が一変してしまいました。球磨川上流に位置する人吉市、球磨村、八代市坂本では球磨川が氾濫し、尊い人命までが奪われてしまいました。ここに災害に会われた方々へお悔やみ申し上げます。

やつしろ


八代市は、球磨川下流に存在していますが加藤清正公が八代平野へ大きく蛇行して入る球磨川に治水工事を施した堤、萩原堤で洪水から八代平野が守られてます。この堤を球磨川沿い山へ辿りますと、きっと見えてくるはず、八代城主松井家の菩提禅宗春光寺です。流浪であった禅宗のお坊さんを八代城主松井様からお願いされお寺を開かれたと聞いております。加藤清正公没後に熊本城に入城された細川忠興公とも所縁のある山寺ですが、ここには細川ガラシャ婦人の石碑もあります。
細川ガラシャ婦人は、和名:玉子様
明智光秀公のお嬢様で、大阪城でお亡くなる細川忠興公のご正室です。いろいろな歴史があり風光明媚な八代を紹介します。

まず管理人の出生地、八代市出町に伝わる彦一物語です。出町の光徳寺には彦一塚があり、毎年三楽酒造(現メルシャン)へ彦一さんのお神輿を7月頃暑い中、足を棒にして納めいった思い出と共に聞かされたとんち話です。ご協力頂いた、吉住酸素工業株式会社 吉住一郎様も出町出身とのこと、ホームページへの転載に快諾頂きました

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